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JR金沢駅から4駅の距離にある倶利伽羅(くりから)峠。
豊かな自然と史跡が共存するこの地には、至る所に頭にたいまつをつけた謎の牛が住み着いている。

↑倶利伽羅の道の駅にも謎の牛が。なぜ頭にたいまつをつけた謎の牛の像が住み着いているのだろうか?
由来はインドの古典!クリカーラ峠とは?
石川県津幡(つばた)町と富山県小矢部(おやべ)市の境界にあるのが倶利伽羅峠だ。
峠にある日本3大不動の1つ、倶利伽羅不動尊の本尊”倶利伽羅不動明王”から地名になった。
倶利伽羅の由来はインドの古典サンスクリット語”kulikah”(クリカーラ)であり、黒い龍王の名前だそうだ。
不動尊では「剣に黒い龍が巻きついたお不動様」と訳されている。

↑紅葉が散った12月に撮影した不動尊・鳳凰殿。池が鏡となり夕日に照らされる境内は美しい。

金沢から越後(新潟)までを結ぶ旧北陸道をはじめ、古来から交通の要所でもある。
北陸新幹線、IRいしかわ鉄道、あいの風とやま鉄道、国道8号、石川県道、富山県道が隣接している。
現在も源平合戦の史跡が残っており、豊かな自然と歴史を体感することができる。



↑旧北陸道の石川県側から峠への入り口。道中は木漏れ日が映し出され、自然を味わえる。
源平合戦のキーポイント!倶利伽羅峠の戦い
そんな倶利伽羅峠だが、源平合戦の地のひとつでもある。

平治の乱により平氏が源氏に勝利、朝廷での実験を握り平氏が勢力を拡大する中、
源氏が打倒平氏を掲げ戦ったのが源平合戦である。
その源平合戦の戦いの一つが倶利伽羅峠の戦いである。
源氏軍の率いる源義仲(別名:木曽義仲)が信濃国から北陸へ進軍する中、
平家軍は反乱勢力と見なし大軍を派遣した。
そして戦場となったのがこの倶利伽羅峠である。

源義仲(木曽義仲)と源平合戦
1154年 武蔵野国(埼玉県)に生まれる
1155年父を源義平に討たれ、木曽へ逃れる
1159年平治の乱
1166年元服し木曽次郎義仲と名乗る
1181年平家の城氏との戦いに勝利
1183年倶利伽羅峠の戦いで平家軍に勝利
京へ進軍。平家は都から西へ逃れる
政治の失敗、後白河天皇・源頼朝と対立
1184年征東大将軍になる(征夷大将軍の説もある)
源頼朝が派遣した義経に敗北、生涯を終える
1185年壇ノ浦の戦いにより平家滅亡
参考:小矢部市観光パンフレット「義仲と巴」




劣勢から逆転へ…”火牛の計”
4万の義仲軍 VS 7万の平家軍。
この戦力差を埋めるため、義仲は500頭の牛の角にたいまつをつけて夜間に突撃させたのである。
平家軍は牛から逃げ惑うも義仲軍に退路を絶たれ、谷へ転落。
義仲軍は平家軍に勝利し、北陸道を通り京都へ進軍したのである。

↑平氏はアゲハチョウ、源氏は笹の家紋である。


↑道の駅にある屏風のレプリカ。

倶利伽羅峠の戦いを簡単にまとめると、
①少数の源氏軍が大軍の平家軍に勝利。
②角にたいまつをつけた牛の軍団。
③平家主力を落とし義仲の京都進撃・平家都落ちの要因のひとつ。

となかなか歴史ロマンが詰まった戦いなのだ。


疑惑!?”火牛の計”本当にあったの?

↑目の前にたいまつがあるのは恐怖である。
義仲のドラマチックな逆転勝利だがこの”火牛の計”がフィクションの可能性も否定できない。
そもそも牛の目の前にたいまつを着けても前進するのだろうか?
また”火牛の計”という戦法の考案者は中国の武将が最初のようだ。
中国版は「牛の角に剣を着け、尾に火をつける」といったもので、義仲版より前に進みそうな感じはする。


↑峠には源平盛衰記と平家物語の記念碑がある。

かの有名な「平家物語」にもこの倶利伽羅峠の戦いについて書かれている。
しかし、牛がまったく書かれておらず、夜間の奇襲に敗れたとなっているのだ。


↑細くうねった道が我々の冒険心をくすぐる。

火牛の計に用いられた牛は500頭とのことだが、果たして山中まで連れて来れたのだろうか。
実際に我々ライフマップ課は倶利伽羅峠へ行ってみたが、ハイキングにはもってこいの場所である。
しかし、牛には厳しいのでは…というのが率直な感想だ。


他に戦法はあるのか?グランゼーラ軍なら…
火牛の計がありえないなら、どうやってこのドラマチック逆転勝利を義仲にもたらしたのだろう。
専門家ではない我々にはこれ以上の考察は難しい。ならば1183年へタイムスリップするしかない!
グランゼーラ革命軍が義仲軍と共闘し、戦力差を覆せる戦術を提案をしようではないか!

↑打倒義仲のため戦略を練る平家に我々も挑むのだ。


<プロジェクションマッピング作戦!>
山の斜面にプロジェクションマッピングを用いて大量の牛を映し出す。
これにより疑われていた歴史を事実へ証明するのだ。



<お色気写真作戦!>
山頂からばら撒くことで、相手の戦意喪失を狙うのだ!
<3Dプリンター作戦!>
足りない兵の数は作ればいい!短時間で大量生産とお手軽に大軍へ!




<焼肉亭「火牛の計」作戦!>
火…牛…そうきたら焼肉をするしかない!史実どおり”火牛”という名の食欲が平氏軍に襲い掛かるのだ。
(注:この時代は牛肉を食べる習慣があったかどうかは確認できておりません。)


様々な戦略を提案したものの、我々が過去へタイムスリップし義仲と共闘することはできなかった。
これらの作戦が使えないとなると、やはり義仲軍に勝利をもたらしたのは”火牛の計”なのかもしれない。
今も残る戦場の跡
過去には行けなかった我々現代人でも、多数の史跡が残る旧北陸道に沿って歴史を体感することができる。
現代も残る戦場の跡を紹介していこう。
峠の山頂付近にある合戦古戦場の記念碑。この地がまさに戦場であったのだ。
おでんの様な形だが平家軍大将の平為盛のお墓。
勇敢な人物で、火牛の計の翌日にたった50人の兵をつれ源氏軍に戦いを挑むが敗れた。
源平合戦で犠牲となった兵を供養するため建てられた「源平供養塔」。
この「猿ヶ馬場」に平家軍大将の平維盛が本陣を敷いた。打倒義仲のため軍議もここで開いていた。
「地獄谷」という恐ろしげな名前の谷だが、秋には紅葉が広がり絶景が広がる。撮影時が12月初旬のため紅葉が散っているが、ぜひ秋に足を運んでほしい。
義仲がこの「黒坂口」に本陣を敷き、ここから平家本陣がある猿ヶ馬場に向かったという。


もとは平家軍陣地だったが、義仲軍が取り戻したため「源氏ヶ峰」と呼ばれる。源氏の女武将・巴御前がここから平家本陣へ攻め込んだ。
平家軍の最前線「塔の橋」。義仲軍よりも標高が高く、ここから義仲軍へ弓矢の雨を放った。
義仲と共に戦った女武将・巴御前のお墓である「巴塚」。
倶利伽羅峠の戦いでは部隊を率いて義仲と共に戦った。
義仲が戦いでの戦勝祈願に訪れた埴生護国八幡宮には、騎乗した勇ましい義仲像がある。

義仲軍の最前線「矢立(やだて)」。この地に塔の橋から放たれた平家軍の矢がたくさん刺さったようだ。
巴と同じく女武将・葵御前のお墓である「葵塚」。
巴とすごく仲良しで、この地で戦死した葵の隣に巴はお墓を作ったとか。
倶利伽羅峠の戦いでも部隊を率いた巴御前。平家物語には「一人当千の兵者(つわもの)」と記され、色白の長髪美人に加え、弓と馬術の達人であった。まさにパーフェクトな女性なのだ。

私達ライフマップ課は今回倶利伽羅峠の戦いを巡ったが、読者の皆様のなかにも体験してみたいという人がいるだろう。
そこで誰でもどこでも倶利伽羅峠の戦いができる”火牛の計”ボードゲームを付録にした。
ボードゲームで予習した後、実際に石川県に来て倶利伽羅を巡ってほしい。

上記より画像をダウンロードし、A3サイズ(推奨)で印刷してください。
コマとサイコロを線に沿ってハサミなどで切り取り、糊付けをして組み立てて遊んでね!

完成イメージ見本
   

遊戯指南書を読み、いざ倶利伽羅峠の戦いへ!


<”火牛の計”ボードゲーム 内容>
<ジャンル>
モォー烈シミュレーションボードゲーム
<1.プレイ人数>
2人
<2.勝利方法>
 ①相手の大将ユニット(木曽義仲、平維盛)を退場させる。
 ②源氏ユニットが「峠降りマス」に到達した場合、源氏軍の勝利。
<3.ゲームの流れ>
じゃんけんで先攻/後攻を決め、自軍ユニットを自軍スタートマスに自由に配置してゲームスタート。
以降①~④を繰り返していく。
 ①進軍させる自軍ユニットを宣言する
 ②サイコロを振り、出た目の数だけユニットを必ず移動する
 ③勝負をする/しないを選ぶ
 ④相手のターンへ

以上がゲームの基本となる内容です。さらに詳しいルールは遊戯指南書に掲載されています。
↑「火牛の計ボードゲーム」で遊ぶ革命戦士たち。源氏軍が見事に大勝利を収め、盛り上がりを見せている。
紅葉シーズンが終わった12月初旬に撮影を行いましたが、ハイキングやドライブを楽しむ人とすれ違うことも。
積雪があると車両は通行ができなくなりますが、八重桜、青葉、紅葉、雪景色と四季で姿を変える峠は地元住民からも愛されています。

2014年3月更新の前回記事から1年と9ヶ月、大変お待たせし申し訳ありません。
今回初めての記事の企画をさせて頂く事になり、魅力的な記事を目標に修正を繰り返していました。
これからも皆様に”石川県”を楽しくお伝えしていきます!

<制作・文責>たい焼き
<撮影>たい焼き、アーリー
<サイトデザイン>med
<イラスト>朝一、介、ナム、med
<ボードゲームデザイン>たい焼き
<ボードゲームビジュアル製作>ヒロさと
<企画・統括>九十条一馬
<協力>よしぞう、まゆみん、三画
<参考>津幡町観光ガイド、小矢部市観光パンフレット「義仲と巴」

倶利伽羅峠

石川県津幡町/富山県小矢部市

次回ライフマップ第25号は2016年2月下旬更新予定です。
お楽しみに!